野本先生の業績

増山 豊

野本謙作先生は、長年にわたり大阪大学工学部造船学科において研究教育に携わられるとともに、我が国のセーリング文化高揚のために献身的に務めてこられました。これまでに上げられた業績を筆者の知る限りにおいてご紹介させて頂きたいと思います。ただ、船舶工学の面より、帆走工学において薫陶を受けた(つもりの)筆者のため、どうしてもヨット関連の内容に偏っており、先生の本務である船舶工学の研究面に関して不十分であるとの謗りを免れないと思います。お気付きの点がありましたらぜひともご教示頂き、加筆訂正させて頂きたいと思っています。

野本先生のご功績は誠に広い分野にまたがると考えられますが、あえていくつかのグループにまとめると以下のようになると思います。

(A) 船舶操縦性の研究
(B) 海洋文化の高揚と小型船舶の各種基準案作成への貢献
(C) 世界海事大学における教育
(D) 近世和船船舶史の研究

これらについて概要を以下に述べさせて頂きたいと思います。なお、文中の番号は、文末の「履歴・研究業績」欄の文献番号に対応しています。この「履歴・研究業績」は、筆者がたまたま野本先生から頂いていた資料の中にあったものを、一部加筆させて頂いたものです。文献番号の対応などに誤りがあれば、全て筆者の責任です。

(A) 船舶操縦性の研究

野本先生は船舶工学の分野において船体運動学を専門とされ、多くの研究実績を上げてこられました。その中でも特に船舶操縦性について行われた研究[3]は、操縦運動を操舵という入力に対する船舶の応答出力として考えようとする画期的なものであり、1960年代以降の世界的な船舶操縦の自動化と海上交通管制の進展に大きな役割を果たしました。また本研究は、さらに自動操舵の安定性の問題や操船シミュレータの開発へと発展させられ[4,5,6,911,12,13,15]、世界の海上交通の高効率化と安全性向上に大きく貢献しました。無論、本研究は漁船や交通艇などの比較的小型の舟艇にも適用されており、これらの性能向上に欠かせない技術となっています。

このような野本先生の業績に対し、1984年にイタリアのジェノバ市よりコロンブス賞国際部門の金賞が授与されました。本賞はコロンブスの出身地であるイタリアのジェノバ市が1955年に制定したもので、陸上、海上、航空における通信、交通、制御等の技術的な発展に多大な貢献のあった人に贈られるもので、我が国では新幹線開発グループに次ぐ受賞となりました。

(B) 海洋文化の高揚と小型船舶の各種基準案作成への貢献

野本先生は専門分野における理論的な研究を行うだけではなく、これらの知識を生かしながら自ら小型舟艇やセーリングヨットの設計、建造、運用にあたってこられました。このためこのような小型舟艇の構造や運用にも精通しておられ、これらの知識を小型舟艇の専門雑誌などに多数発表するとともに、著書[25〜29]を刊行されました。このような活動は我が国の海洋活動を行おうとする人達に有益な指針を与えるとともに、我が国の海洋文化を高揚する上で大きく貢献したものと考えられます。

一方このような知識をもとに、理論と実際の分かる学識経験者として我が国の船舶関連の多数の委員会において重責を担ってこられました。海難防止協会、小型船舶工業会、日本小型船舶検査機構、日本船舶標準協会などの委員会の委員長や委員を歴任されており、重要な提言を行うとともに、各種基準案の作成等に大きく貢献してこられました。

さらに世界最高のヨットレースとされるアメリカズカップに、我が国から初めて1992年に挑戦した際、「ニッポンチャレンジ・アメリカ杯1992委員会」の船型委員会委員長として、設計開発の要となられました。当時、我が国で建造されていたヨットの、ほぼ倍の大きさのレーサーをカーボンファイバーで建造するという、大変な難事業を完遂され、同艇の高い帆走性能とあいまって、我が国のハイテク技術のレベルの高さを世界に強く印象付けられました。

(C) 世界海事大学における教育

国連は世界の海運に携る技術者のための大学院大学として、1983年にIMO世界海事大学をスウェーデンに設立しました。野本先生は国連の国際海事機構からの強い要請により、設立と同時に同大学の教授に就任されました。同大学において4年間にわたって世界の海運を担う高等技術者の育成に従事されましたが、同学の卒業生は現在各国の海事教育の指導的な役割を果たしています。野本先生はこれらの卒業生から非常に慕われており、彼らを通して我が国の船舶・海運に関する科学技術と文化が世界に伝えられる上で大きく貢献しておられます。野本先生のこのような国内外の研究・教育に関する顕著な功績に対し、1988年に運輸大臣より「交通文化賞」が授与されています。

(D) 近世和船船舶史の研究

野本先生は、1999年大阪市が復元建造した江戸期の菱垣廻船の復元建造監修委員を務められ、極力当時と同じ材料と工法を用いて正確な復元船を建造するよう尽力されました。さらに「浪華丸」と命名されたこの船を実際に海上帆走させて、江戸期の代表的な帆船の性能を明らかにしようと運動して多くの人々の心を動かし、実現にこぎつけられました。海上帆走には多くの費用と人員が必要でしたが、募金活動を通して集めた醵金を大阪市に寄付するとともに、学会や財団の研究補助金の申請認可を受け大阪市に託されました。またこのような船の運用方法は文献にしか記載がなく、帆走にあたって困難と危険が予想されましたが、率先して操帆運用にあたられ、多くの帆走ボランティアを訓練指導して無事遂行されました。さらに伴走船を含む本格的な計測システムを構築し、極めて精度の高い帆走性能データの収集に成功されました[24]。このような、我が国の代表的な大型帆船を正確に復元建造して精度の高い帆走実験を行おうという試みは、これまで熱望されていたにもかかわらず、あまりに壮大な事業と考えられ実現していませんでした。この帆走実験は、正に野本先生の情熱によって実現したものであり、近世の技術的な空白を埋める上で、我が国の船舶史、海運史にとって空前絶後とも言える快挙であったと言えるでしょう。

一方、野本先生は近世和船、特に江戸後期の帆船から明治以降の機帆船を経て動力船に至るまでの、我が国の小型船舶の技術的な発達史の究明をライフワークとして取り組んでおられました。和船から合いの子船へ、さらに機帆船へと全国各地で独自に発達してきたこれらの船舶は、近代造船技術のワク外であったためほとんど資料が残っておらず、これらについて知る人もわずかとなってきています。野本先生は今を逃せばこれらの技術は永遠に忘れ去られてしまうとの思いから、自らのクルージングヨット「春一番U」で日本各地の港を訪れ、古い造船所を訪ね歩いてこれらの船舶の資料を探し集めてこられました。

誠に残念なことに、野本先生がライフワークとされたこの近世和船船舶史の研究が、未完のまま残されてしまいました。現在ご親族の手により、なんとかこの研究をまとめたいとご検討されているとのことです。セーリングヨット研究会としても、研究会における近況報告で、野本先生が「フルバテンの機帆船のルーツが最近分かってきた」などと嬉しそうにお話されているのをお聞きしていますので、ぜひともできるかぎりのご協力をさせて頂きたいと考えています。

野本謙作先生 履歴・研究業績

履歴

1925年8月12日松山市にて誕生
1947年9月九州帝国大学工学部造船学科卒業
1949年11月大阪大学工学部造船学科 文部教官に採用。助手、講師、助教授を経て
1970年7月広島大学工学部造船学科教授(船体運動力学)、大阪大学併任
1973年4月大阪大学工学部造船学科教授(船体運動力学)
1983年5月国連IMO世界海事大学教授に派遣(スウェーデン、マルメ市)
1987年3月世界海事大学、大阪大学退職、大阪大学名誉教授

受賞暦

1947年9月卒業論文「帆走の取扱いに関する一つの試み」に造船学会賞
1958年11月研究論文「船の操縦性について」に造船学会賞ならびに日本造船工業会賞
198410月船舶操縦性数学モデルの業績にイタリア政府/ジェノア市よりコロンブス国際部門金賞
1988年11月運輸大臣より交通文化賞

社会における活動

1964海難防止協会「操舵設備研究委員会」委員
1968同上「シーアンカー研究委員会」委員
1978同上「操船シミュレータ研究委員会」委員長
1980小型船舶工業会「24m未満船舶トン数測度調査研究委員会」委員長
1977日本小型船舶検査機構「小型帆船安全特殊基準委員会」委員長
1988同上「多胴型小型帆船安全特殊基準委員会」委員長
1990同上「小型船舶構造調査研究委員会」委員長
1992同上「小型帆船安全基準検討委員会」委員長
1981日本船舶標準協会「プレジャーボート等小型船舶標準調査委員会」委員長
1988ニッポンチャレンジ・アメリカ杯1992委員会「船型委員会」委員長
1995大阪市「菱垣廻船建造監修委員会」委員

発表論文、寄稿等抜粋

( 1)9mカッターを改造せるクルージングヨットについて「舵」1948
( 2)帆走による速力と船型の関係「舵」1950
( 3)船の操縦性について日本造船学会論文集1956
( 4)On the Steering Qualities of ShipsInternational Shipbuilding Progress1957
( 5)自動操舵の安定性について日本造船学会論文集1959
( 6)Analysis of Kemp's Standard Manoeuvre Test and Proposed Steering Quality IndicesFirst Symposium on Ship Maneuverability DTMB Report, USA1960
( 7)ヨーロッパヨット見聞記「舵」1962〜63
( 8)和洋折衷ヨット<春一番>「舵」1963
( 9)船首揺れにもとづく推進馬力の損失について日本造船学会論文集1966
(10)<春一番>の航海「舵」1969
(11)操縦性研究の船舶設計への応用日本造船学会操縦性シンポジウム1970
(12)Problems and Requirements of Directional Stability and Control of Surface ShipsInternational Symposium on Directional Stability and Control of Bodies Moving in Water, London UK1972
(13)増減速を伴う操縦運動の取扱いについて日本造船学会論文集1973
(14)スピン・ナ・ヤーン 「舵」1975〜76
(15)Simulator Studies from a Naval Architect's Point of ViewFirst International Conference on Marine Simulator, Warsash UK1978
(16)帆走の船舶流体力学的研究(第1報)関西造船協会論文集1978
(17)ヨットの船検を受ける人のために「舵」1979
(18)Balance of Helm of a Yacht6th HISWA Symposium on Yacht Architecture, Netherlands1979
(19)九州外洋帆走協会の中国訪問航海記「舵」1981
(20)パイラー30「天霧」「舵」1982
(21)林賢之輔設計45ftクルーザー<ココII>「舵」1982
(22)追波中航走船の操縦運動と横揺れの連成挙動について日本造船学会論文集1983
(23)丸木舟から和船、機帆船へ ―― 日本の船の歩み(関西造船協会創立80周年記念論文)関西造船協会誌"らん"1992
(24)復元菱垣廻船「浪華丸」の帆走性能関西造船協会論文集2000

著書

(25)ふたりの太平洋(訳著)海文堂1974
(26)ホーン岬への航海(訳著)海文堂1980
(27)船の歴史、帆船、ヨット、その他小見出し数項平凡社百科事典1985
(28)ヨット春一番のサーガ成山堂1995
(29)スピン・ナ・ヤーン舵社1998

ヨット設計実績

松山高等学校(旧制)練習艇<新潮(にひしお)>9m 和船型2檣ラガー 1942
同校<新潮>後継艇 9m カッター改造ラガー、ジブ、センターB、 1948
ISクラス 6m 和船型デイセーラー、ジブ、センターB. 1950
大阪大学ヨット部<摩耶> 7.5m 和船型クルーザー、ジブ、センターB. 1952
<暖流> 7.5m 和船型クルーザー、ジブ、センターB. 1954
<摩耶II> 7.5m フィンキール・クルーザー 1959
<春一番> 7.7m 和洋折衷フィンキール・クルーザー 1961
<北斗> 7.5m 和洋折衷フィンキール・クルーザー 1966
<Let's Pirum> 7.5m 和洋折衷フィンキール・クルーザー 1970
<春一番II> 10m 和洋折衷ディープキール・クルーザー 1975

 以上