4 横浜ヨットに戻って

図 5 ロビン
22'、クライスラー140馬力付き、25ノット、
ハウスの前柱が細い。1957年製作
 
船の設計に戻って見ると、ボートの木の構造に軽量化の余地が大分あるように見えて、思い切った軽量化へ挑戦することになりました。

(図−5)はその頃設計した22フィートの観光船「ロビン」です。当時画期的に軽く、安く、速くできて、形も好評を得た船ですが、当初は社内で華奢過ぎると大分抵抗がありました。特に窓の角柱に当時15cm×10cmぐらいの木を使うのが普通でしたから、3cm角ぐらいにしたのが目立ったようです。この船は中禅寺湖で長い間活躍してくれました。
図6 南極用ソリ
4.2mL x 1.5mB x 0.35mH、
2ton積み、自重200kg、1956年製作
 
1955年、南極観測隊隊長の西堀さんが会社に見えて、南極用のソリを作ることになりました(図−6)。2トン積みのソリが200kg以下とペイロードの10分の1以下を要求されて、それも不整地を走るのですからかなりきつい課題です。計算してみると縦横の強度はOK,捩じりが問題でした。飛行機屋の感覚から言えば当然デッキはト−ジョンボックスが良いと思ったのが、デッキが薄過ぎて持たないのです。荷を上げるのにデッキは低い方が良い、腹を擦らないためにはデッキ下面は高い方が良いのは良く判ります。困ったあげくに捩じれに抵抗しない構造を作るしかなくなって、エスキモーの犬ソリや荷物ソリの柔構造が良く理解できるようになりました。同じ強度なら剛性が高い構造ほど軽くできる、という法則から外れるものがあることを知ったわけです。

図 7 三本脚の水中翼船
操縦筆者。1953年製作
 
1953年、アメリカのボート雑誌に出ていた水中翼船を作って乗って見ました(図−7)。乗り心地は良いのですが、旋回性が良くありません。内側の船体がすぐ水に付いてバンクが余りかけられないし、無理に曲がるとすぐ脚が横に折れる。その不満な点を自分なりに解決した船を設計して見ました(図−8)。船体の幅を減じ、水中翼の配置を串型にして45度のバンクを可能にすることで高い運動性とGを楽しめるよう工夫したのです。Gを感ずることは飛行機に乗る楽しみでもありますが、スキー、サーフイン、スノーボード、ウエークボード、マウンテンバイク等にも共通する楽しみでしょう。
図 8a 一本脚の水中翼船の旋回
(操縦筆者)1954年製作
図 8b 同上三面図
 
当時私は水槽実験室の係で、暇な時に図面は描きましたが、作らせて貰うまでがなかなか大変で、無理を言って機会を貰ったので失敗するわけにはいきません。苦し紛れにこの時、試運転を頭のなかでシミュレートすることを思い付きました。身体の動き、操縦とそれに対する船の反応を順次頭の中で思い描いて、引っ掛かるところを直してゆきました。これによって運転のイメージトレーニングが進みましたし、同時に船の問題点を修正して、実際に走る前にほぼ完全なものにすることができ、一発で翼走に成功しました。

こういう時に失敗すると面白い仕事は回ってこなくなります。あいつは何でも成功させる、という評価を確立しないと面白い仕事にありつけないわけで、私の場合、一度浮かべたら船を上げないうちに翼走を成功させる、という事にこだわりました。不安な所は水に浮かべた状態で調節できるようにしたり、成功の定義を工夫したりして、一発成功を演出するのです。後年堀内研究室のメンバーにも随分その一発成功を強要したものです。
図 9 サイクロン儀(プロトタイプ)
BIM25馬力、4.0mL x 1.98mB、
250kg(軽荷)、2名、390kg(満載)40km/h(水上)、
静止推力105kg(26.9%満載)、1957年完成
 
1956年には、ソリや水中翼船の成功が社外にも聞こえて、雪の上を走るプロペラ船の仕事が海上保安庁から来ました、ゲテ物は堀内に限ると言うわけです。

新潟、三面川にある2つのダムの間の交通を船に頼っているので、冬は雪のため行き来ができません。奥のダムには100人も働いていて、病人が出るとヘリの行けない山間なので、スノーボードに乗せて決死の山越えになります。何度もヘリの出動を要請された海上保安庁がたまらずプロペラ船を提案したわけです。

札幌育ちで、雪の性格の幅広さを身体で知っていたことがここでは幸いしました。新潟大学の市川先生から雪の抵抗についての数値的な資料を頂いて設計に入りました。その結果、充分接雪圧を下げて、総重量の25%以上の推力を持たせれば、どんな雪でも平地である限り動けなくなることはない。それにFRPの底は鉄のように凍り付く心配もない。

図10a サイクロン況
BMW35馬力、4.3mL x 2.1mB、
275kg(軽荷)、4人、475kg(満載)、
47km/h(水上)静止推力135kg(28.4%満載)、
1958年完成
図10b 同上三面図
 

ともかく軽く作ることが重要だったから、正に飛行機のような船を計画しました。(図−9)二人乗りのプロトの後、4人乗りでキャノピ−の付いた船を作りましたが、4.3m×2.1m、35馬力のエンジンを乗せて275kgに上がりましたから、馬力当たりの重さが軽自動車の4分の1以下になります(図−10)。佐貫亦男先生の「プロペラ」という本1冊で木製プロペラを設計、BMWの水平対向2気筒のオートバイエンジンのミッションギヤーのトップを巡航用にして音と燃費を押さえ、サードで全力(最大推力)が出るようセットして、なかなか良いパワーリングができました。

水上47km/時、深い新雪で10km/時、氷上では90km/時程、と具合良く走ったので、三面に3隻納めたほか、電源開発などに合わせて10隻程納めて、道路ができるまで20年近く使って貰いました。またこの船の実績を買われて、海上保安庁の救難艇とか土木工事用とか、次々にプロペラ船を開発したものでした。

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